2025/05/12
【アートスクール】フォトレポート『いつかの日記 どこかの私』 温又柔 / 小説家(2025.5.10)
「この写真、どこかわかりますか」
3歳から渋谷区で育った小説家の温又柔さんは、
日本語を用いる台湾ルーツの作家として、
言葉やアイデンティティをテーマに小説やエッセイを書いてきました。
指し示されたのは、40年近く前、DTCからも近い通称「タコ公園」で
妹さんと撮影したもので、あそこだ!という子もちらほら。
この頃、はじめて中国語読みの「ウェンヨウロウ」ではなく
「オンユウジュウ」と友達に外で呼ばれたことが印象的だった
という話から温さんの自己紹介が始まりました。
今日は、参加者にも自分が小さい頃の写真を持ってきてもらいました。
その日のことを今から正確に記すことはできないけれど、
写真を見ながらその頃の自分の記憶を探って「架空の日記」を書いてみる。
これが、第一のステップです。
旅行先のお気に入りの風景、昔住んでいた雪国の写真、
海辺の写真、近所の公園など、まずは写真と合わせて自己紹介。
そして、「あったかもしれない」架空の日記に挑戦します。
実際とは違うかもしれない日付をつけてみつつ、
みんな日記を書くのは慣れているのか、没頭して書き進めます。
日記がまとまったところで、次のステップに進みます。
「次は、自分のこととして書くのではなく、
ほかの『あの子』のこととして書いてみましょう」と温さん。
自分のこととして書くと、本当のことしか書けない。
だけど、架空のほかの人の話だったら「ウソ」を混ぜて
書きたいように書くこともできます。
「では、その子の名前をつけてみましょう」
と温さんが言ったところで、固まる参加者たち。
この「名付け」が想定外に難しいようで、みんなの筆が止まってしまいました。
これまでは架空とはいえ現実をもとにした「日記」でしたが、
ここからは「創作」の世界です。
最初から空想の物語だったら、それはそれで書けたかもしれません。
完全なオリジナル、私小説的な難しさに向き合う、こどもたちの実に正直な反応です。
温さんと一緒にアートプロジェクトやリサーチを進める柴原聡子さんも手伝ってくれて、
こどもたちとあれこれ相談しながら「小説」にするための表現を考えていきます。
「動物にしてもいい?」という子の一言のおかげで、みんなもようやくイメージが湧いたようです。
経験していないことや、実際の自分とは違う部分、それでも書きたいこと
――そこを「誰か」の体験として置き換えて、小説を作る。
自分にとって忘れられない特別な出来事をベースに、
自分だけが書くことのできる「小説」にするために、
一人ひとりと温さんがお話をしながら、考え書いていきます。
「自分に寄せました」と、名前も似せてリアルな話にする子もいれば、
憧れの設定を盛り込んで楽しいお話にする子もいます。
時間をややオーバーしながら、それぞれに個性的な小説が完成。
温さんの優しい導きで、初挑戦のハードルを超えることができました。
他人として主人公に名前を付け、架空の設定を加えながら、
思い出のなかから大切にしたい心情や出来事を取捨することで、
自分と出会い直す経験にもなったのではないでしょうか。
小説は冊子にして、挿絵を描いたり、表紙に写真をつけたりして、
自分だけの一冊に仕上げて、大事に抱えて持ち帰ってくれました。